第15回 薬剤師のための薬物治療研究会要旨
「レニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬の作用機序とその使い方の基本概念」
―RAS阻害薬の機序を理解する薬剤師になるために―
七福薬局・七福薬局研究所 大久保 正
今回15回の勉強会に於いては、前回のレニン・アンジオテンシン系(RAS)作用機序の基礎的知識をベースにして、RAS作用薬における循環系と臓器保護作用を中心とした治療の最新情報を理解するためにお話をします。
1、 ACE阻害薬(ACEI)とARBの比較と併用効果
前回の講義でもお話しましたが、ACEIは、Ang IIの生成を阻害するのみならず、キニン、NO、Ang1-7などの活性を亢進して、血管拡張や抗炎症作用を発現すると考えられています。一方ARBは、AT1受容体を阻害する一方で、AT2受容体を刺激しNOやアラキドン酸カスケードを活性化し、血管拡張や細胞増殖抑制的に働き、降圧や臓器保護作用を発現すると考えられています。このように、ACEIとARBは同じRASに作用しても、異なる作用機序を有するため、病態によりその作用特性が異なることが考えられます。これらの特性を解明するため、これまで多くの大規模臨床試験が行われております。まず、ARBであるテルミサルタンとACEIのラミプリルにより、冠動脈、抹消動脈、脳血管の疾患と臓器障害を伴う糖尿病の患者を治療したONTARGET試験では、4.7年の試験において、各々単独、両者の併用においてイベントの発生に差は無かった結果になっています。また心筋梗塞を対象としたOPTIMAAL試験、心不全を対象としたFLITE II試験のいずれにおいても、イベント発症率でACEIとARBでは差が無いことが明らかになっています。心筋梗塞後の再発と死亡をエンドポイントとしたVALIANT試験では、ACEI、ARB単独療法と併用では有効率に差は無いという結果でした。腎臓の保護効果においては、ACEIとARB両者において腎保護効果があり、尿タンパク量を減少させ、降圧効果+アルファーの腎保護効果があること、ARBの腎保護効果は高濃度で発揮され、認容性にも優れるなどの結果が判明しています。腎保護効果におけるACEIとARBの併用効果は、少なくとも腎保護効果においては、より強い尿タンパク量の減少効果が得られる結果となっています。
2、 高血圧におけるACEIとARBの併用に有効な薬剤は?
高血圧の治療において重要な要素は、前回の講義でもお話したように、RAS活性と体液量のバランスです。RAS活性を抑制する薬剤としては、ACEIとARBさらにはレニン阻害薬があり、体液量を調節する薬剤としては、利尿薬、Ca阻害薬、α阻害薬が考えられます。降圧薬としてのCa阻害薬は、その強力な降圧効果と共に、糖脂質への影響が少なく、脳・冠・腎血流を良好に保てること、軽度のナトリウム利尿作用があり体液量を減少させる効果があります。高リスク高血圧患者を対象としたACCOMPLISH試験では、ACEI−Ca阻害薬とACEI-利尿薬の比較試験で、両者降圧効果が得られたものの、Ca阻害薬併用でより強い降圧効果が得られています。しかし理論的には、RAS活性とナトリウム量を同時に減少させる理想的な組み合わせは、RAS阻害薬と利尿薬ということになります。そのため、欧米でも我が国でもこれらの合剤が使用されています。
3、 レニン阻害薬
レニンはRAS代謝経路の第一段階を触媒する律速酵素で、Ang IIの生成を第一段階から抑制するという意味では、キマーゼなどのACE経路以外のAng IIの生成を抑制するという観点からも有効性が期待されています。レニン阻害薬としては、最近我が国においても、アリスキレンが使用できるようになり、その臨床効果が期待されています。アリスキレンの降圧効果は、ACEI、ARBとほぼ同等とされていますが、ACEIに見られるエスケープ現象が生じ難いことが期待されています。またアリスキレンは、アルブミン尿の抑制や心肥大抑制作用を示すことも知られています。レニン阻害薬に関しては、レニン受容体に結合したプロレニンによるAng I生成の触媒活性に関しても注目されており、将来的に解決されるべき問題点と考えられます。
4、 日本人におけるARBのエビデンス
欧米人におけるACEI、ARBの臨床効果に関するエビデンスは、アメリカ・欧州において多くなされ、以前は日本人にこれらの結果を援用してきました。しかし最近、日本においてもARBに関する大規模臨床試験が行われ、日本人のエビデンスが得られるようになっています。高リスク高血圧患者におけるカンデサルタンとアムロジピンの比較試験であるCASE-Jでは、降圧作用においては両者ほぼ同等でしたが、肥満患者の死亡率ではARB群で優位に低下が認められました。また、心臓肥大と糖尿病の発症率でもARBが優れるという結果になっています。JIKEI-HEARTでは、現行の治療法にバルサルタンを追加して、追加効果を評価していますが、脳卒中、狭心症、心不全、解離性大動脈瘤などに優位に優れることが判明しています。さらに、糖尿病性腎症のアルブミン尿改善効果を、バルサルタンとアムロジピンで比較したSMART試験では、降圧以外の効果としても腎保護作用が認められています。
以上、今回の講義では、RAS活性とRAS作用薬に関して、臨床的な治療における使用方法の基本的考え方とこれまで蓄積されたエビデンスに関してお話します。
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